Amazonライブリンク

Trend Match

  • 記事と自動で同調
無料ブログはココログ

« 働くことの意味 - 1st decade - | Main | 実感ひしひし »

Sunday, March 30, 2014

働くことの意味 -2nd decade -

〜昨日はグンと開花が進みましたね〜

◼︎労組結成
いわゆる一種のマイグレーションプロジェクトを通じて疲れ気味だった私のもとに、ある日人事担当課長から声が掛かりました。入社以来気心の知れた人ではありましたが、恐るおそる訪れると「ウチの会社に組合作るから。労使共同で準備委員会を立ち上げる。委員長以下8名ほどの精鋭や。組合側からも何名か人選してくるんで、会社側からの人選としてお前…やってくれへんか?」という話。当時は「グループ会社自主自立、一社一労使」をスローガンに掲げた組合結成ムーブメントの最中。二つ返事でした。面白そう。労働組合という組織や活動には特段いいイメージ持ってなかったのですが、イメージしか持っていないことと「自分たちで作るんならイメージも変えれるやん!」みたいなノリが勝りました。組合籍を親会社の組合から自前の労働組合に変更するための意識作りからルールである規約・規程の作成、果ては職場ミーティング報告のWeb掲載…やらなかったのはレクリェーション企画ぐらいでしょうか、スポーツあまり得意でなかったので。
2001年まるまるをかけた準備期間を経て、その年度末に、自前の労組は結成されました。職責も準備委員から組合役員へ。労働基準法や関連法規そのものを紐解くことはありませんでしたが、従業員の権利はもちろん、会社には従業員を守る義務があり、その恩恵を受けるには従業員にも義務があるなど、実務として色んなケースを見てきました。訪中してオフショア開発の実情を肌で感じることができたのもその一環です。
総じて2004年8月までの3年半弱、私にとって働くこととは「働くことについて考える」ことでした。長時間労働、原価率維持のためのサービス残業の横行、メンタルヘルス、セクハラパワハラ、等々…職場の問題は何でもアリでしたよ〜。
組合役員との掛け持ちを続けることで、自ら新たなチャレンジへの芽を摘んでしまうのではないかと思い至り、一期2年(プラスアルファ)の任期で執行委員会から離脱、普通の組合員に戻りました(笑)。

◼︎管理部門
労組結成準備委員の時はまだパッケージ開発のSEでした。結成準備活動が面白く、それはもう、のめり込みました。ピークを超えていたとはいえ開発作業が疎かになっているのを見かねた上司が、労組結成を機に総務部への異動を打診してくれたのです。期が変わると同時に総務へ。SEから営業を経て総務に辿り着いた課長以下、一回り弱ほど年上のリーダー、10歳ほど若い後輩(総務では大先輩)でオフィス回りのファシリティ類を管理していました。
当初は組合役員との掛け持ちのため、経営数字や人事に関する業務には携わることができませんでしたが、会社として必要なインフラストラクチャ(コーポレート基盤)を担うスタッフの存在意義を実感する機会に恵まれた期間でした。
「(私を含めた)4人って、最高のチーム作りができるメンバーの集まりやな」とみんなで盛り上がったことを今でも思い出すことがあります。最高のチームとは、4つの属性が相互に作用することでベストパフォーマンスを発揮できるというものでした。コントローラー、プロモーター、アナリスト、サポーター。あなたには私がどの属性なのかすぐ分かるでしょうか。毎日の業務はビッグプロジェクトでもなんでもない、ただの座席移動やフロアレイアウト変更ばかりでしたが、この4人だからこそスムーズにやれるんだという自負がありました。
組合役員離任と時を同じくして、組合で培ったWeb関連(サーバーセットアップに始まりWebサーバーアプリ、オープンソースCMS導入、コンテンツ作成やそのための写真撮影もろもろ)のスキルを買われ広報業務に携わることになりました。その直後着任した新社長の「広報宣伝活動を本格化させるべし」という狙いと合致したため、経営企画部門へこれらの業務ごと異動。新社長のメッセージをイントラネットに掲載した日、これまでやってきたことが、目の前に為すべきこととして一つに結実したのだと感じました。まるで昨日のように思い出せます。

◼︎そのキャリアは誰のために
活動強化とはいえ担当は私一人。イントラウェブサイト(全社ポータルサイト、社長メッセージサイト)、社外公開ウェブサイトの維持運営を一手に担いつつ、現場で働くSEの活躍を社内でも社外へもアピールするにはどうすればよいかを模索する毎日。まさに孤軍奮闘。広報宣伝をテーマに教育を受けたり資格試験にも挑戦しました。実務経験が少ないのをどう補うか、雑誌や新聞などのメディアにどう働きかけるか、記者や出版社との接点をどう増やせばいいか。幸いにも親会社や立場を同じくするグループ内他社に先輩や仲間はたくさんいましたから、少しずつ交流範囲が広がる度に手応えが感じられてきました。そうして、ひとつのコミュニティが出来上がりそうになったとき、私の中で新たな目標が形になりだしました。
「ここまでくれば、この業務は誰かが回してくれる。それをただ回すだけなら、ここに私のいる意味はない」「ICT企業だけど、いやだからこそ、人が資本であり商品なのだ。商品を売り込むのも面白いけれど、自分も商品になってみたい!」そうなると、いても立ってもいられなくなりました。引き継ぐべき後任も決まってないのに、気もそぞろです。
そんなときにふと目に留まった「管理部門経験者募集」の社内募集案内。応募、そして面接。採用通知。…こうして2006年の春、東京に活動のフィールドを移しました。自分が商品として値するかどうか、誰かがそれを取り上げてくれることが実現できるかどうか、それを試すための壮大な実験が始まったのです。

これまでの経験で私なりに解ったことは、「何をどうすれば、どれくらいの成果につながるか」「あの目的達成のために、それを目標にし、このアクティビティを日々回す」というようなフレームワークだけで毎日を過ごすことはできないということです。中身がなければまさに「絵に描いた餅」でしかないのです。その肝心の中身ですが、最初から「コレなんじゃない?」というものが見つかるのは稀なケースだと思います。中身は結局のところ、与えられるだけのものかもしれない。けれど何よりも興味を強みに変える探究心があれば、その積み上げを振り返ることこそがきっと、「働くこと」を問われたときの自分なりの答えになるのではないか、そう思います。

« 働くことの意味 - 1st decade - | Main | 実感ひしひし »

仕事 / Enterprise」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134402/59373854

Listed below are links to weblogs that reference 働くことの意味 -2nd decade -:

« 働くことの意味 - 1st decade - | Main | 実感ひしひし »