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<title>遠-近-感</title>
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<description>とおくから、ちかくから。たて、よこ、ななめ。</description>
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<title>有機的な使い方を考える(4)</title>
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<description>ひらめきか考えか。 これはそれぞれのソーシャルメディアを使い分ける上でも重要なファクターだと思います。 Twitterの売り文句であった「つぶやき」、このキーワ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ひらめきか考えか。&lt;br /&gt;
これはそれぞれのソーシャルメディアを使い分ける上でも重要なファクターだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Twitterの売り文句であった「つぶやき」、このキーワードから考えてみます。&lt;br /&gt;
普段、何気ない瞬間に「！」とひらめくことがあります。リラックスしている時だったりテレビを眺めている時だったり歯を磨いている時だったり、その瞬間はまさに神出鬼没です。ひらめきのひとつひとつは取るに足らないものですが、個人的には「後で読み返すことでブラッシュアップできるかもしれない」「自分には役立たないかもしれないが他の誰か（「今」ではない自分も含む）に必要とされるかもしれない」という考えに立てば、なるだけ残しておきたいと思うのです。&lt;br /&gt;
（少し答えが先に出ちゃってますが、）この紡がれたひらめきの集まりこそが、考えになるのだと思っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ひらめきを都度記録するにはTwitterが適しています。しかし以前触れたような「まとめサイト」を駆使したとしてもひらめきの集合体は、考えにはけっして収束できません。収斂させ、表現を変え、流れを整えることが不可欠だと思います。それを表現するキャンバスは、Facebookまたはブログに委ねられるべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;随分と整理できてきました。&lt;br /&gt;
三つのソーシャルメディア、それぞれの特徴とそれを意識した活用法を定着させることで、まさに有機的な個人の情報発信／コミュニケーション基盤として確立できると強く考えます。&lt;br /&gt;
次回は、発信の対象を切り口に考えてみます。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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<title>有機的な使い方を考える(3)</title>
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<description>今回は文字数についてです。 このブログで文字数が不足するほど打ち込んだことはありません。私の感覚的には、無制限と考えて差し支えないと思います。 対して、Twit...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今回は文字数についてです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このブログで文字数が不足するほど打ち込んだことはありません。私の感覚的には、無制限と考えて差し支えないと思います。&lt;br /&gt;
対して、Twitterは言うまでもなく文字数制限があります。140文字という数は、日本語環境の下では（うまく使えば、ですが）かなり筋のある文章を記すことができると感じています。&lt;br /&gt;
また、Facebookのウォールも文字数に制限があり、少し長い文章を書く場合はノートを用いなくてはなりませんでした。今はこのウォール文字数も拡大されているらしいのですが、私はウォールですらオーバーしたことがないので問題ありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;総合すると、文字数順に ブログ＞Facebook＞Twitter となります。経験則から実質的にはTwitterにのみ制限があると考えればいいと思います。&lt;br /&gt;
ただし、140文字という制約もあくまで「一つのツイートあたり」ということですから「まとめサイト」のようなサービスを使うことで、連続性のある文章を作ることは可能です。むしろツイートを一つのパラグラフとして見做すことで文章が読みやすくなるというメリットもあるのではないかと考えます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;個人的には、文字数制限の有無にはあまりこだわっていないと思います。&lt;br /&gt;
短ければ短かいなりに縮めて書きますし、長いからといって意味のないことをダラダラと書くことはないからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今、ココログの編集画面見ていて思いついたのですが、ブログには「レイアウトの自由度が高い」という特徴がありました。例えば、写真を貼り付ける際にもHTMLを駆使することで見栄えをよくすることができたりします。&lt;br /&gt;
これは（文字数とは関係ありませんが）ブログとそれ以外との違いの中でも際立ったものではないでしょうか。棲み分けのポイントとして意識しておく必要がありそうです。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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<dc:date>2012-01-02T21:27:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://perspective.cocolog-nifty.com/here/2011/12/2-0da4.html">
<title>有機的な使い方を考える(2)</title>
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<description>匿名か、実名か。 仕事柄、日頃から企業の情報セキュリティに関わる機会が多いこともあり、かなりの頻度でこの問題について考えていると思います。 このブログを書き始め...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;匿名か、実名か。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仕事柄、日頃から企業の情報セキュリティに関わる機会が多いこともあり、かなりの頻度でこの問題について考えていると思います。&lt;br /&gt;
このブログを書き始めた頃から、TwitterもFacebookも存在しました。もちろん私自身は特徴どころかその名前すら聞いたことがありませんでした。今ではどちらも欠かせないコミュニケーションツールであり、実名で利用しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;職場で利用しているという人に訊くと「Facebookは実名だけどTwitterは匿名」という声が多いように思います。私の場合、ツールで発言のテーマを変える（ex.ブログは映画やドラマ、Facebookは音楽、といったふうに使い分ける）ことはしていません。これらを使い分けている最大のポイントは、コミュニケーションする対象だと認識しています。&lt;br /&gt;
このブログでも、現実の世界で私を知る人が読めば「彼かもしれない」と想像することも可能だと思っています。また、（ごく僅かな）限られた人は、あるルートから辿れば私を特定することが実際にできます。よく匿名ゆえ「何を書いてもいい」とか「非難してもばれない」と慢心する人が一部にいると言われますが、それはあってはならないと私は思います。コミュニケーションの一環として意見を表明する限り、その意見に責任を持つのは当然なことと考えるのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私の場合、匿名を用いなくてはならない必要性はほぼ無いといえます。むしろどのようなコミュニケーションツールであっても、私が様々な人とつながりを維持することを目的とするならば、むしろ実名を用いることが必須だとさえいえます。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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<dc:date>2011-12-23T19:12:12+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://perspective.cocolog-nifty.com/here/2011/11/1-fba3.html">
<title>有機的な使い方を考える(1)</title>
<link>http://perspective.cocolog-nifty.com/here/2011/11/1-fba3.html</link>
<description>ここココログにてブログをしたため始めて、まる6年になりました。 このブログの誕生は、関西からこちらへ出てくるきっかけと強く関係しています。以前書いたかもしれない...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ここココログにてブログをしたため始めて、まる6年になりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このブログの誕生は、関西からこちらへ出てくるきっかけと強く関係しています。以前書いたかもしれないし書いていないかもしれないのですが、今回は割愛します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Twitterは1年半、Facebookは7か月ほど利用してきています。これらのツールに目を向けさせられた経緯はともかくも、ブログとは一線を画すものとして愉しんできました。つまり「ブログはこっちに置いといて...」。もともと投稿頻度が下がって久しいブログでしたが、閉鎖に踏み切れないまま現在に至っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはなぜか。&lt;br /&gt;
以下に挙げるような幾つかの視点から振り返り、最終的にはタイトルにある「有機的な利用方法」を考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;
・匿名 対 実名&lt;br /&gt;
・文字数制限の有無&lt;br /&gt;
・ひらめきか考えか etc.&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>perspective</dc:creator>
<dc:date>2011-11-23T23:02:56+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://perspective.cocolog-nifty.com/here/2011/06/1-02e2.html">
<title>投薬開始、1日目</title>
<link>http://perspective.cocolog-nifty.com/here/2011/06/1-02e2.html</link>
<description>実は数年前から血圧が高くなってきていました。 メタボ健診が始まった2009年、情けないことに「認定」を受けてしまったのですが、そのときの要因の一つが高血圧でした...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;実は数年前から血圧が高くなってきていました。&lt;br /&gt;メタボ健診が始まった2009年、情けないことに「認定」を受けてしまったのですが、そのときの要因の一つが高血圧でした。&lt;br /&gt;それ以来、手首式の血圧計を買い求め、毎日朝と夜に測定をするようにしました。&lt;br /&gt;日頃の運動不足を少しでも解消するべく、できるだけ通勤にウォーキングを取り入れました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そしてそれから2年が過ぎ、臨んだこの春の健康診断。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;メタボ認定からは逃れることができましたが、血圧は下がらず。&lt;br /&gt;健診後の健康相談にて「至急治療すべし」とのお達し。&lt;br /&gt;これまでも相談していたかかりつけのお医者さんに&lt;br /&gt;「（生活改善だけでは追いつかないと）断念したね。それじゃ投薬しましょう」&lt;br /&gt;と言われたときは安堵と後悔の念が交錯しました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今朝、食事の後に一錠。偏頭痛の副作用にも悩まされずに一日を過ごせました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;長い付き合いになることは（もはや）避けられない、そう後戻りはできません。でも、生活習慣も改善し続けていこう、と心に誓ったのでした。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>健康</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>perspective</dc:creator>
<dc:date>2011-06-05T23:12:58+09:00</dc:date>
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